Friday, October 20, 2006

食堂に入ってきてトイレだけ借りて出て行く若い白人

クアラルンプールで。

この写真の中心に写っている若い白人は、この中国食堂にいきなり入ってきてトイレだけを借りて出て行った。店の中国人オヤジは奇声を上げて彼を歓迎しトイレに案内したのである。

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白人専用の場所をもっともっと作ってほしい

どの国にも白人しか入れない場所があると思うが、そのこと自体は悪いことではない。

それぞれの人種、民族、宗教的・文化的な集団が、自分たちだけでリラックスできる場所を持つということは、昔からずっと行われてきたことである。文化の継承という意味もあり、すべての人間の権利とさえ言える。

危険なのは、最近の白人諸国のリーダーの発言に見られるように、「特殊」の文化あるいは普遍的でない文化を持つこと自体にたいする嫌悪を公言し、「普遍的な現代の価値」つまり西洋キリスト教白人の価値を強要しようとする動きであると思う(これこれ)。

私の見るところ、(キリスト教)白人は、どこに行ってもこのような働きかけをやめようとしない人種のようである。白人の本能ともいえるこの「啓蒙」の衝動は、おそらくキリスト教の宣教主義を基礎とし、十字軍の遺伝子を継承したものなのだろう。

彼らは帝国主義時代に作っていた「白人コロニー」を否定する代わりに、今日ではグローバリズムの名の下に、異人種の異教的な空間、エスニックな空間にためらわず飛び込んでいく。

彼らが定式化した市場原理(「市場」自体は世界中どこにも昔からある)と帝国主義の遺産である共通言語である英語および英語によって伝えられる生活様式、美意識、価値観が「普遍的である」という思想を武器に、異教的空間の「特殊性」を踏みにじり、解体させ、彼らのシステムの中で消費できる資源に変えていく。物質のみならず、文化や精神までもこのやり方で搾取するのである。

彼らは普遍性だけではなく倫理的優位性をもよりどころに乗り込んできているのであるから、われわれはこの際、彼らに正面から「お願い」してみるのも良いのではないだろうか。

どうか分を知ってほしい。つまり、白人世界の原理は大変優れてはいるが、普遍的とは限らないことを認めるところまで譲歩してほしい、と。

レストランでも公共施設でも、白人専用の場所、白人しか入れない場所を、アジアのいたるところにもっともっと作ってほしい

そして、白人はなるべくその空間にとどまるようにしてほしい。白人はその空間内では十分に満足できる優遇を受けられるようにし、それ以外の場所には出てこないようにしてほしい。

「白人と有色人種」という区別は、白人自身が数百年かけてこの世界に打ち立ててきた、すでに客観的に存在する枠組である

これは現代の白人諸個人が好むと好まざるとにかかわらず、否応なく機能せざるを得ない。それはあたかも客観法則のように、アジアの白人がいる場所では、自動的に機能するのである。その機能の様態や程度はさまざまである。タイでは白人優先は王室崇拝の次に来る国是といえる。しかし、それ以外のアジアの国でも多かれ少なかれ白人と有色人種との扱いは異なる。

アジアの国々では白人がそこにいるだけで有色人種にとっては不快なことがあるのである。レストランでも旅行代理店でも公共施設でも、白人客と有色人種客とが同時にいれば、ホスト側は多かれ少なかれ必ず白人客を上客として扱うだろう。

このこと自体、有色人種客にとって屈辱であるが、客がアジア人の場合、ホスト側の人々もアジア人であることから、2重の屈辱を感じることになる。つまりアジア人ホストの白人に媚びる行為を目の当たりにすることによって、アジア人客は所詮この世界において白人に劣る2級市民であることを確認させられる屈辱が加わるのである。

このような意識の枠組は、残念ながらアジアに深く定着している。一朝一夕に人々の意識が変わるわけではない。かといってこのような状況を放置すれば、白人主導のグローバリズムの勢いに乗ってこの意識はさらに拡大再生産されることになるだろう。

この流れを少しでも抑制するために、アジア各地に白人専用の場所を増やしてほしい。そして白人には自己の「特殊性」を受け入れるところまで妥協してほしいと思う。「白人は優れているが、特殊である」ということを受け入れてほしいのである。

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